2023年11月21日
最先端技術
研究員
河内 康高
生成AI(人工知能)は働く人の「創造性」に対しどのような影響を及ぼすのか。リコーが事務局を務める「はたらく人の創造性コンソーシアム」(異業種10社参加)は、「AI利用は創造性の向上に向けたチャンス」など4提言を盛り込んだ「『創造性』で切り拓くはたらく人の未来」を発表した。このレポートをまとめる過程で示された有識者の見解や参画企業らの議論を踏まえて、新時代に必要となる能力について改めて考えてみた。
生成AI とはその名の通り「生成」ができるAI だ。近年では、さまざまな生成AI が誕生しており、「生成AI ブーム」と言っても過言ではない。火付け役となった「チャットGPT」以外にも、テキストから画像や絵を生成する「Midjourney」やテキストから音楽を生成する「Mubert」などのサービスが登場している。
こうした生成AIの普及に対し、米マイクロソフトの創業者ビル・ゲイツ氏は、自身のブログで生成AIを「テクノロジーにおける最も重要な進歩」と評価し、生成AI時代の幕開けを見据えている。
主な生成AIサービス(出所)はたらく人の創造性コンソーシアム
生成AIで作成した画像 (出所)stock.adobe.com
AIの有識者である慶応大学の栗原聡教授は6月に同コンソーシアムで講演し、「生成AIは働く人の創造性発揮を支援するツールになる」と強調。その実例の一つが、生成AI技術を駆使して手塚治虫の代表作「ブラック・ジャック」の新作漫画制作に挑むプロジェクト「TEZUKA2023」だとした。
同プロジェクトは漫画のシナリオ生成に米オープンAIが提供する大規模言語モデル「GPT-4」を活用、過去の手塚作品を元データとして、シナリオ原案をAIが自動生成する。
その「漫画のタネ」からひらめきを得たクリエイターが最終的なストーリーを練って、漫画を創り上げていく。キャラクター生成には、独自の生成システムを構築、手塚治虫の絵のタッチを忠実に再現した上で、主人公のブラック・ジャックを怒らせたり太らせたりするといった誇張表現も可能だ。
生成AIで作成したブラック・ジャック(出所)TEZUKA2023
栗原教授は生成AIが人の創造性の支援に有益であるポイントとして①短時間で大量のアウトプットを生み出せる②先入観を排除したランダムな組み合わせができる―という2点を挙げる。
①はいわば「物量作戦」。生成AIは人よりも圧倒的に短時間で大量に生成が可能だから、大量のアウトプットの中からヒントを得たり、より良いものを抽出できたりする。②については、人が持つ先入観や既存の枠組みにとらわれることなく、異なる要素をランダムに組み合わせるため、そこから新たな発見や創造につながる。
一方で、「AI自体は『何が、創造性が高いものなのか』、『どのアイデアが有用なのか』の判断はできない」とし、働く人が創造性を発揮するには、AIを「道具」として上手に使いこなす必要があると強調する。
はたらく人の創造性コンソーシアムで講演する栗原聡教授【6月16日、東京都中央区】
同じ日に講演した医療系スタートアップ会社「Ubie」 (東京都中央区)の機械学習エンジニア風間正弘氏は、生成AIと創造性に関する議論を行った。
Ubieはソフトウエア開発者のコーディング(プログラミング言語を使ってソースコードを書く作業)を支援するAI「GitHub Copilot」(米スタートアップ企業GitHubが運営)を活用している。GitHub Copilotは開発者がコードを書き始めたり、コードで何をしたいかテキストで入力したりすると、用途に合ったコード候補を提案してくれる。
GitHub Copilotによるコード提案 (出所)GitHub
同社内のアンケートではコーディング業務が平均38%効率的になるという結果が出た。利用者からは、「頭の中の設計を即時コード化してくれるので、新しいアイデアの試行錯誤がすごく速くなった」「定形作業の中にも、斬新なコードを提案してくれて学びも多い」というコメントがあり、生成AIによって開発者が創造性に関して刺激を受ける側面も垣間見えたという。
同社は求人票の下書きや会社イベントのQ&A作成にも生成AIを活用。風間氏は「生成AIは日々の業務に『あったらよい』ものではなく、『なくてはならない』ものになっている」とした。その上で、「生成AIによる生産性向上が、社員の創造性の発揮にも寄与している」と強調。今後はデザイナーや営業などさまざまな職種で生成AI活用していく予定だ。
はたらく人の創造性コンソーシアムで講演する風間正弘氏【6月16日、東京都中央区】
生成AIは単に仕事の効率性を高め、働く人の時間的余裕を増やすだけにとどまらない。創造性を支援あるいは刺激し、新たなアイデア創出に資する可能性がある。
一方、はたらく人の創造性コンソーシアムの参画企業らの議論では「生成AI は蓄えられたデータや情報から『最もそれっぽい回答』を出力しているに過ぎず、AI 自体は創造する機能は持っていない」という認識も示された。
栗原教授が指摘したように「AI自体は『何が、創造性が高いものなのか』『どのアイデアが有用なのか』の判断はできない」。だからこそ、AIが提供するアウトプットを人が「評価」し、何を採用するのか「判断」した上で、必要があれば「手直し」を加えるというプロセスが必要となる。
そこで必要なのは、適切な評価を下すための「理解力」や「倫理感」、周りの人間関係や社内や世間の状況を考慮した上で判断する「社会性」や「コミュニケーション能力」などだ。新規なアイデアが従来以上にAIにより生み出される可能性があるからこそ、人間だけがもつ固有の能力、いわゆる「人間力」がより一層必要になるのではないか。
年の瀬の風物詩「新語・流行語大賞」に「チャットGPT」「生成AI」がノミネートされた。過去にノミネートされたIT関連用語には「インターネット」(1995年)、「ブロードバンド」(2001年)、「スマホ」(2011年)などがある。そのすべてが、今ではわれわれの生活に「なくてはならないもの」だ。
今のインターネットやスマホのように、さまざまな場面で生成AIが広く活用される―。そんな「新時代」は思っているよりも早く訪れるかもしれない。
河内 康高